にちプチ 【Nichi-Petit】

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日常のプチ情報やプチンときたことを書きなぐるブログ

【恐怖】意識があるのに体が動かない奇病とは

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幸せな家庭の一寸先は地獄だった

 皆さんは金縛りにあったことはありますか? 金縛りといえば意識はあるのに起き上がることが出来ないというのが最も多い症状なのですが、それでも僕の場合一瞬~5分ほどです。
夢うつつの状態のときに起こるのですが、頑張って「ん~、えいやっ!」と力をこめれば何とか現実に戻ることができます。疲れますけど・・・

それとまったく同じとは言いませんが、もっと怖い奇病があります。
ちょうど2016年5月19日に『奇跡体験!アンビリバボー』で紹介されたマーティン・ピストリアスさんの話です。少し前にもネットで話題になっていましたが、その内容は「10年以上も意識がありながら、体が動かせず、気づいてももらえなかった」というのです。

今回は、そのマーティンさんの体験談について書いていこうと思います。

奇跡体験!アンビリバボー:10年間身体に閉じ込められた男 - フジテレビ




クリプトコッカス髄膜炎という病気

 南アフリカに住んでいたマーティンさんは当時12歳の健康な少年。だがある時クリプトコッカス髄膜炎という感染症にかかり、その治療2年間の過程で徐々に体の麻痺を現し始め、最後には昏睡状態に陥りました。
 

クリプトコッカス性髄膜炎 cryptococcus neoformansは鳩の糞などで汚染された土壌に豊富に存在する。経気道的に感染する。細胞性免疫低下状態では肺クリプトコッカス症を起こす。血行性散布では中枢神経に強い親和性をもち髄膜炎を起こしやすい。2~3週間ないし6ヶ月の経過で亜急性に進行することが多い。肺病変なしで髄膜炎を起こすこともある。治療はアムホテリシンB(リポソームアムホテリシンB)とフルシトシンの併用療法を行うことが多い。第二選択はフルコナゾール(ホスフルコナゾール)である。健常者に発生する原発性クリプトコッカス症と細胞性免疫が低下する基礎疾患を有する患者に発生する続発性クリプトコッカス症に分類される。続発性クリプトコッカス症はより重篤で治療抵抗性であり、再発率も高い。(wikipediaより引用)

所謂「植物状態」ということですね。そこから更に2年間、彼の容態は変わらなかったのでした。


意識が戻った! ...がここからが地獄の始まりであった

 昏睡から2年たったある日、マーティンさんは16歳のときに意識を取り戻します。
しかしここからが地獄の始まりでした。体が動かないのです。歩きたくても歩けない、しゃべりたくてもしゃべれない、もちろん手を動かすことも、視線を合わせることさえも・・・

 しかも、それには誰も気づかない。意識は完全に戻ったぶん、苦痛が増えてしまっただけだったのです。
マーティンさんは言っていました「長時間同じ姿勢でいることは、考えているよりずっと辛い」と。比べることはできませんが、僕も足を骨折して寝ているだけで硬いベッドで床ずれを起こし、本当に辛かったです。

しかし僕の場合は、足以外は動かせます。ベッドもリクライニングなので座面を起こせば痛みは軽減します。彼の場合はそれすらもできないし、誰かに頼むこともできないのです。
「お尻が痛い!」とどんなに思っても、誰もそのことを気にかけない。そんな時間が延々と続くのです。これが地獄と言わずなんと言えるのでしょうか。


最愛の母からの死を願う言葉

 最初は家族一丸となってマーティンさんを介護するのですが、いつ意識が戻るか分からない。ひょっとすると一生戻らないかもしれないという不安は家庭を崩壊させました。

ある日終わりの見えない介護に絶望を感じたマーティンさんの母は彼に向かって「お願いだから死んでちょうだい」と涙ながらに訴えます。もちろん意識のあるマーティンさんは、とても悲しみました。しかし、その母の言葉に応えて自分を殺めることすらできないのです。


介護施設での虐待

 母の介護ノイローゼの最中も献身的であった父親はマーティンさんを新しい介護施設に預けます。しかし、その施設は虐待の横行する最悪の場所だったのです。

物を食べる際ももちろん彼はうまく食べれません。ほとんど流し込んでいる状態です。にもかかわらず介護師はうまく食べれない彼に対して八つ当たりをするのです。

罵詈雑言を浴びせる、下に落ちた食べ物を口に入れる、ベッドなどに移動する際も人形のように放り投げる、椅子から転げ落ちても放置など、聞くだけでもひどい内容です。


症状の改善・・・しかし誰も気づかない

 辛い日々を送っていたマーティンさんでしたが、ある日若干の症状の改善が見られるようになりました。・・・と言ってもそれを知る人は本人以外誰もいません。

ある日父からプリンを食べさせてもらっていると「パパ、このプリンおいしいね」とほんの少しですが口元で笑うことができたのです。

ですが、献身的に介護していた父すら、マーティンさんの変化に気づかなくなっていたのです。他人から見れば何年も意識を取り戻さない状態で、今更少しの変化に気づけと言うほうが酷な話です。
たとえ僕がお父さんの立場でも気づくことはできないでしょうね。残酷なことです。


ある介護師との出会い

 度重なる介護師の虐待によってすっかり人間不信に陥ったマーティンさんの前に、新しい担当の介護師が現れます。彼女の名前はヴァーナさん。
「あなたも僕をいじめるの?」と最初は信じることのできないマーティンさんでしたが予想とは裏腹にヴァーナはとても献身的にマーティンさんを介護してくれます。

「今日はこんなことがあった」だとか「私は犬派だけど、あなたは?」など、普通の会話をマーティンさんに投げかけてくれるのです。
彼もそれに応えたくて仕方ありません。ですが、できるのは少しだけ、ほんの少しだけ口を動かすことくらいでした。

しかしヴァーナさんはそれに気づいてくれたのです。


再検査、そして発覚

 ヴァーナさんはマーティンさんの家族に経緯を話します。早速意識の有無に関して精密な検査を行うと、ついに家族にも意識が戻ったことが分かったのでした。

そこから適切なリハビリを始め、19歳になる頃には完全に意識を取り戻し、24歳になる頃には部分的に体を動かすことができるようになりました。

その間、10年余り。それだけの長い間、彼は孤独と苦痛の中で闘い続けてきたのです。


自立、そして結婚へ

 今現在ではマーティンさんは結婚し、ご自身で仕事までやっていると言うことです。立派です。立派過ぎます。

全ての麻痺が無くなったわけではありませんが、自身でパソコンを使用したり、食事をしたりしています。一時は崩壊たご家族との関係も修復し、充実した人生を歩んでいるようです。
よくあの地獄を味わって、あれほどの仕打ちと罵詈雑言があってお母さんを許したと思いますね。相当な心の強さがないとできません

 ご自身の自伝も出されているようで、日本でも翻訳されて販売されています。




何故自我は崩壊しなかったのか?

 われわれ常人がこの状況を想像すれば、十中八九「発狂してしまう」と思うはずです。僕もそうです
しかし彼はしなかった。なぜでしょうか?

関係医師の話によると、マーティンさんはその奇病にかかっている最中、様々な感情を自身で閉じ込めるよう無意識のうちに調整していたのでは? という事でした。
つまり「さなぎ」だとか「冬眠」のように、日常と違う精神状態を維持していたというわけ。虫じゃないのでさなぎの気持ちは分かりませんが……

とにかく、普通の意識では間違いなく自我を保てなかった状態を乗り切るために脳がスイッチをいくつかオフにしていたってことですね。人体ってすごい
でも、全員がそうできるとは到底思えませんが……


当たり前の事が幸せ

 動けないこと、人に伝えられないことがどれだけ恐ろしいかがよく分かりました。
折りしも僕は足を骨折していて(まだ治ってないけど)動くのが本当に大変でした。・・・が僕は手を動かせるし、話すこともできます。

彼の体験した苦労を見習って、もう少し強くなろうという気になりましたね。
また、この件がきっかけで同じような症状の患者さんが幾人も救われたようで、本当に良かったと思います。

皆さんも、今の自分の境遇をもう一度見直して、自分のできることを探してみませんか?