にちプチ 【Nichi-Petit】

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日常のプチ情報やプチンときたことを書きなぐるブログ

大口病院の事件から思う、医者が持つ生殺与奪の権利

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 誤解を恐れずストレートに言うなら、僕は病院が怖い。

なぜなら命を救う場所でありながらも、日常の中で一番死を身近に感じる場所でもあるからだ。

それは他人の死だけでなく、自分も。

 

もっと正確に言うと、医療従事者が怖い。

もちろん感じの良いお医者さんもいて、優しい看護師さんもいる。

でも、生殺与奪は向こうが握っている。

何か気に入らないことがあったら僕らの健康を害する「何か」を仕込むことも不可能ではない。

 

これは、過去に僕が骨折をして入院した際に、ほんの少しだけどその片鱗を見たから。

もちろん、仕込まれたわけじゃないし、相手もそんな意志がないのはわかる。

でも、「健康」を人質に、押さえつけられている気分だった。

 

 

www.nichi-petit.com

 

 

 

最近話題になった大口病院の件は、異物の混入と言うはっきりと立証できる証拠の残った事件だった。(まだ終わってないけど)

しかし、病院はこんな愚かな方法でなくても、僕らを消すことはできるんだ……

 

 

 

埋められない主従関係

コンビニであれば顧客と従業員、法律上は対等の権利を有する。

しかし世の中というのは世知辛いもので、金を払った客が立場が上なんだ。

もちろん僕だって「ンなわけあるか!」と言いたいところだけど、精神的にはモノよりカネの方が上なんだ。

 

だから客はつけ上がる。「俺は客だぞ!」と。

大体の企業取引、エンドユーザー向けの商売には常にそれが見え隠れする。(それがない会社はうらやましいぜ)

 

でも病院はそうじゃない。

モノよりカネより価値のある「命」や「健康」を扱ってるから。しかもそれは節約したり、切り売りできるようなものでもない。

それが差し迫った状況であればあるほど、医者のさじ加減一つで僕らの命や健康は脅かされる。

 

だから病院の受付で怒鳴っているおっさんは少し考えた方がいい。

本当に自分の方が立場が上なのかを。

 

 

 

法律なんかで守りきれない

もちろん人間はバカじゃない。

もし仮に医者が気に入らない患者に対してカルテを偽ったり、医療ミスを誘発させて殺そうとしても、事象は同じ医療機関からも検証される。

つまり、同じ医者や専門家から見てこの事象に事件性があるかないかを判断してもらう。

 

そうすれば、医療知識を持たない警察などの執行機関はその見解をもとに立件したり、刑事事件として取り扱うことができる。

だけど、その証拠になるカルテやその他の書類も結局はその病院が用意したものであり、その時点で患者側の不利は確定している。

 

そもそも事件が起こってしまった後では「検証が容易か」なんて問題じゃない。少なくとも本人にとってはね。

 

一般的な殺人事件は、形はどうあれ人を殺したならば殺人罪が適用される。

だから抑止力が生まれる。「あいつを殺してしまえば、自分の人生まで棒に振る。それだけは嫌だ」と。

日常では「死」というものがとても縁遠く感じるがゆえの抑止力だ。

 

だけど、病院は毎日生と死のやりとりが行われている。

「木を隠すなら森の中」とはよく言ったもんで、この生と死のやり取りの中では、事件の異常性を明確にしづらい。

そういった環境は人の心も狂わせる。「死」というものに明確な境界線が引きづらくなる。

 

というのも、僕の実家は昔、養豚場をやっていた。

飼育の中でやはり弱い個体がいて、そういう個体は生きても1週間で死んでしまったりなんていうのもザラだ。

当初は「ブタさんかわいそう……」といつも心を痛めていたが、それが1年、2年と経つ頃には当たり前の風景になってしまい、豚が死んだからと言って涙を流すことも心を痛めることもなくなった。

所謂「慣れ」である。

 

コレと全く同じとは言い切れないが、医療現場ではその「慣れ」で人が死ぬことにも抵抗はなくなるんじゃないだろうか。というか、殺した本人は「殺人」だとも思っていないかもしれない。

「ミス。これはミスなの」

そう言い聞かせれば自分は殺人者ではない。

 

それだけミスを「故意」だと証明するのは難しいのだ。

そしてそんな言い逃れに巻き込まれる被害者は、とても哀れだ。

 

 

 

生き物は「死」には勝てない

 どんな生き物にも平等に訪れるモノ、それが「死」だ。

原因は寿命であったり、事故であったり、自然界なら捕食されたり……

 

その現象に立ち向かうのが医療であるけど、その土台は危うい。

死が身近になればなるほど、患者には選択権がない。

それが形ある商品であれば「いりません」「また今度」と言えるが、手術は「しません」「また今度」とは言えない。

 

食べ物でも、肉まんとあんまんを間違って渡されても、人は死なない。(アレルギーとかはナシね)

でも医療現場で点滴なんかの薬品を間違えると、人は死ぬ。

 

医療従事者のさじ加減でそれが簡単に起こる。

僕らが抑止力だと思っている社会や病院の仕組みも、それらすべてを包括しているわけではないから、当然怪しい事件は日本だけでなく海外でもたびたび報道される。

むしろ、報道されるほど過激な手口は珍しいのかもしれない。

 

だから、大多数の患者になりうる僕らは肝に銘じておかなきゃいけない。

 

病院の先生には逆らうな!! 敬意を表せ!!

そして、そんな病院を選べ!!

状況に応じてセカンドオピニオンもちゃんと受けよう!!

 

僕は逆らっちゃったけど……これからは自重します。 

ホント、病院選びは慎重に。

 

 

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