にちプチ 【Nichi-Petit】

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譲れない戦い!立ちションと座りションはどちらが優れているのか?

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 人間は……トイレなくして生きてはいけない……

 

ンッン~ 名言だなこれは

 

僕が自分のメディアでどうしてこんなエントリーを急に垂れ流すかというと、実は先日こんな記事を読んだんだ。

自分で経験した記事じゃないと魂は入らない話 - いっしー。の明るい社会の窓

 

上記記事の一部で「立ちションか座りションか」という話が上がっていて、それを僕のトイレアンテナが受信してしまったのでいても立ってもいられなくなったという次第です。座りション派なんで僕は座るけど

 

野郎のこういう話になると「くだらないわw」なんて鼻で笑ってくるウーマンがいるけど

 

お前は何もわかってない!!

 

立ちション座りション論争は人類が「トイレ」という概念を生み出してからずっと続いている歴史のある議論です。たぶん

だからその問題に関しては決してないがしろにすることなく正面からしっかりと向き合って真摯に、紳士に考えるべきだと思います。

 

というわけで今回は女性にもわかるように立ちション座りションの何たるかを語っていきたいと思う。

※なお、この場合の「座る」は洋式トイレを前提として話を進めるものとします!

 

 

せいじの場合

 正直自分のプライベートもプライベートな部分なので世界に発信されるブログでおおっぴらに語るのは本当に恥ずかしいことではあるが、偉大なるトイレ議論の歴史の1ページに加えられると思えばそれも必要な犠牲と思われるためここは一肌脱ごうと思う。

 

現在の僕のスタイルはシッティングスタイル、つまり座りションです。

しかし僕の用足しのスタイルは不偏ではなく、小学校2年生の時を境に大きな変化がありました。生まれてから8歳までは立ちション派であったのだが、母親に強引に矯正されてしまったのだ。

 

マッマ「今日から座ってするんやで」

 

ぼく「え、おしっこだけのときも?」

 

マッマ「当たり前やろ。一人前の嗜みや」

 

ぼく「一緒にうんこ出ちゃわない?」

 

マッマ「出るなら出せや」

 

ぼく「ああ」

 

こんなクソみたいなやりとりで、僕は雄の象徴であるスタンディングスタイルを棄てました。ここまではどこの家庭にもあるような「家族間の決め事」みたいなノリですが、その2年後に僕のトイレ観を揺るがす大変な事件が起こります。

 

ある日僕は友達数人をわが家に呼んでゲームに興じていました。

そしてみんなが帰宅し、僕も夕食を食べる頃になったのですが、そこで母に尋問を受けます。

 

マッマ「おい、トイレがおしっこまみれやぞ」

 

ぼく「え、俺知らんよ」

 

マッマ「ホントにやってないんやな?」

 

ぼく「うん」

 

しかしトイレに連れられていくと、確かに尿まみれの状態でした。その威力は凄まじく、置いてあった替え用のトイレットペーパーもびっしょり。なんちゅーコントロールしてんねん

しかし僕は既に2年前座りションに矯正され、家庭内でこのような惨事は一度もなかったのでその潔白は証明されています。

しかし母はそこで折れることができず、ついに外部へと捜査の目を向けます。

 

マッマ「遊びに来た友達じゃないんか? 明日確認してみろ」

 

母はそう一言言うと、晩ごはんの仕込みに戻りました。わぁ今日はシチューだー

 

翌日。

僕は昨日遊びに来てくれた友達を集め、質問を行います。あくまで「質問」であって、尋問ではありません。

 

ぼく「昨日トイレがションベンまみれやったんやけど、誰か知らん?」

 

トッモ1「知らん」

 

トッモ2「知らん」

 

トッモ3「きたない」

 

何でしょうこの質問。普段はうんこおしっこのギャグでアホみたいに笑ってたのに、いざ自分の家庭がおしっこまみれになってみると全く笑えません。

僕は恥を忍んで質問を続けました。

 

ぼく「うちのマッマが見つけたんや。でも犯人はうちにおらんかったから、それで……」

 

トッモ1「でも知らんもんは知らんからなー」

 

トッモ2「俺座ってするし(迫真)」

 

トッモ3「お前のマッマが立ってしたんじゃないんか?」

 

ダメです。確かな証拠が無い以上、いくら小学生が事実確認をした所で返ってくる答えは「知らない」です。

僕は敗北感にも似た感情を胸に帰宅し、母に捜査の結果を話しました。

 

マッマ「んなわけないやろ! じゃあうちにドロボーでも入っておしっこ撒き散らした言うんか!」

 

ぼく「(困惑)」

 

んな事言われても現行犯を確認してない以上ただの水掛け論ならぬ尿かけ論でしかありません。この頃にDNA鑑定の捜査が確立されていればどれほど良かったことでしょう。

分かっていたのは犯行後便座を上げられていたので実行犯は立ちションであったこと。そんだけ

 

その日を境に、僕らの目を盗んで立ちションをし、その有り余る水分をわが家のトイレでスプラッシュした謎の犯人を「立ちション大魔王」と呼び忌み嫌い、そして立ちションスタイルへの回帰を絶対にしないと誓った日となりました。

 

そういう経緯もあり、僕は友人がわが家で用を足す際は座りションをお願いしています。

 

立ちションと座りションのメリット

 これらの方式が二分化されるのは、やはりどちらにも得手不得手な部分があり、野郎どもは無意識に取捨選択しているからであろう。

そんな部分も含めて老若男女全人類に分かるように説明します。(誰か英訳してくれ)

 

立ちションのメリット

 立ちションスタイルの何者にも勝るメリットと言うのはやっぱりその「手軽さ」だと思う。

特にスピードに関しては座りションに大きく差をつける形で支持を得ている。

加えて男は「早い、うまい、安い」という牛丼理論にときめく生き物なので幅広い世代から一定の支持を得ている。

 

パッと浮かぶメリットを3つ挙げると

  • ズボンを下げきることなく用を足せる
  • 立ち用 or 座り用のどちらのトイレにも対応可
  • 立ち用便器の設置数が多いため用を足せるチャンスも多い

 

上記全てが時間を節約することに特化したメリットであり、法律や道徳を気にしなければあらゆる場所がトイレになりうるという汎用性最強のスタイルであることは認めざるを得ない。人の目は気になるけどね

スピーディーでフレキシブルなスタイル……世の男性トイレから立ち用の便器がなくならないのはそのためであろう。

 

座りションのメリット

 立ちションには「時間」というアビリティが存在するが、一方で座りションにも異なるメリットがある。

 

人間が人間たる源は何か?

それは「秩序」の概念である。人間以外の動物においては一定の社会性を持ちルールに従い生きているものも存在するが、人間ほど高次元で文化を共有できる種族はいない。

尚且つ種族全体を通して「椅子に座る」という行為を行うのも人間だけである。

 

つまり座りションは人間の英知を集結させた排尿方法であり、立ちションを「本能的排尿」とするならばこちらは「理性的排尿」と言ったところか。

 

それらのメリットを3つ挙げると

  • 息子が便器と膝に隠れるため外部から排尿シーンが見えない
  • 便座の外への尿の飛び散りがない
  • 座っている安定感があるため排泄方向の照準が合わせやすい

 

これらのメリットは人間の文明的価値観の持つ「羞恥心」であったり「清潔感」をうまくカバーした排尿法であり、猿が進化しホモ・サピエンスと変わった一つの足跡でもあると思う。併せて洋式便器自体も万人が清潔に使用しやすく、尚且つ大小問わないその包容力の高さには感心するばかりである。

プライバシーも守られ、クリーンでコントローラブルな座りション。世の洋式トイレの更なる普及を望むばかりである。

 

立ちションと座りションのデメリット

 先行して両者のメリットを上げたものの、注目すべきはどちらかというとデメリットの方だ。なぜなら、排尿という行為は誰もが行う生理現象でその人の日常生活に深く根付いた行為でもある。そのため「まばたき」や「あくび」などと同じで行為自体を主体とするケースは少なく、あくまで「この方法は落ち着かない(嫌)だからこっちにした」という消去法的な選択となる。

 

立ちションのデメリット

 行為の早さを称賛する一方で立ちションには人間の心理に働き掛けるデメリットがある。その一部を見てみよう

 

こちらもデメリットを3つ挙げると

  • 衣服から一部出したムスコは操作が難しく、思わぬ方向に飛んでいくことがある
  • 仮にきちんとした方向に射出されたとしてもデフォルトで結構な飛び散りは発生している
  • 個室でないところでは隣からの視線を浴びることがある

 

このように、座りションが持つ「清潔感」と「プライバシー」を見事にデメリットに変えた結果となってしまっている。ここには大きく記述していないが時間に関してもズボンやパンツなどがファスナーレス、クローズドパンツのようにムスコの搬出に適していない作りであれば大きなタイムロスになりうる。

 

また、座りションになれた野郎が仕方なく立ちションをせざるを得ない状況に追い込まれた場合、プライバシーの欠如から来る羞恥心によって排尿自体がスムーズに行われない(出したいのに出ない)状態に陥ることも多い。

実際僕は立ちションが苦手で尚且つ立ち用の便器での場合は1分待っても出てこないこともザラだ。その心境としては「トイレ以外の場所でおしっこする」という気持ちに近い。

だって「今座ってるそのソファでおしっこしろ」って言われて出る? 出ないやろ? そんな感じ

座りションに慣れきると立ちション自体が排尿行為の体勢ではないと脳が判断するのだ。人体すげぇ

 

座りションのデメリット

 散々立ちションをディスって来たが座りションにももちろんデメリットはある。

男性的機能に影響するかもしれない部分もあるのでその辺は自身の体としっかり対話しながら実施していただきたい。

 

それらのデメリットを3つにまとめると

  • 排尿に至り、終了するまでに時間がかかる
  • ムスコへの負担は立ちションより大きい
  • 共用トイレの場合、便座部分で他人と間接的に触れることになる

 

こちらも立ちションのスピーディーさを捨てたデメリットと、ムスコへの負担に関してはかなり大きな痛手となっている。

特にムスコへの負担という部分が男子諸君は気になるところであろう。

 

通常男性は立ちションが自然な体勢であり、その際に腹筋周りに力を入れて排尿を行っている。つまり小さい頃結構な人がやっていたと思われる「おしっこ飛ばし大会」は男性の排尿機能の向上に大きく寄与していたのだ。

対して座りションになってしまうとなるべく遠くに飛ばすようなアグレッシブな腹圧は使わずゆるりとした排尿になるためどうしても残尿が起こりやすくなってしまい、結果滞留した尿が尿道炎や前立腺炎を引き起こし、ひいては睾丸ガンなどに発展することもあるという。ヤバイ

 

また「清潔感」に関してメリットで言及した部分とは反対に、外的要素で不潔な状態になる可能性は大いにある。自身がきれいに使用していたとしても、他人がそのトイレを汚してしまえば結果そこに座る自分も汚染されてしまう。ここに関しては各個人の道徳心と衛生観に任せるほかないといえるだろう。たのむからみんなきれいに使ってくれや

 

ムスコが雄々しくなってしまった時は

 男性なら誰しもが経験していると思われる夜間陰茎勃起現象、通称「朝立ち」だが、この場合はその謎の興奮が収まってから排尿行為に移ることをおすすめする。

こちらもムスコがアンコントローラブルになってしまい悲惨な結果を招く可能性が大な上、ムスコを無理やりコントロールしようと折り曲げることによって尿道が曲げられてしまい、これまた残尿の原因となってしまう。

 

それでも朝の時間が惜しく、どうしても早く済ませたい場合は下図のようになるべくムスコに負担をかけない角度に身体を折り曲げて用を足すくらいしか対応法は無いかと思われる。大体の男子は本能的にこの体勢を取っているという

 

前述の方法は座りションの方法であり、立ちションに関しては僕は試したことが無い。

というか家に立ちション用の便器がある方が珍しいと思うので、この要請は非常にレアだ。

ここからは想像の域を脱しないが、普段のように直立での排尿だとムスコの雄々しさによっては跳ね返りが自分の顔にまで及ぶ可能性があるので多少の腰の湾曲は必要になってくるだろう。ちょうど当ブログのマスコットをやっている「プチもふ」の角度くらいがベストではないだろうか?

参考図

 

まとめ

 現在座りション派の僕ではあるが、改めて両者のメリット・デメリットを見ると今後の自分のスタイルを考えざるを得ない結果となった。

しかしこれらは片方のスタイルに偏ることで健康を捨てるか、社会性を捨てるかという話になってくるのでその辺は一大人としてTPOを見極めて状況に応じたベストなスタイルをチョイスできるよう常にアンテナを張っておかなくてはいけないと思う。

加えて今後人類のこういったトイレ事情を見事に解決するようなイノベーションの到来も期待したいところである。

 

そろそろ恥ずかしくなってきたのと文字数も5000字を超えてきたのでこの辺で幕としようと思う。

 

現場からは以上です。

 

 

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