にちプチ 【Nichi-Petit】

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「大人になれ」とかいう言葉の無責任さを知ってほしいっちゅー話

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 突然ですが皆さんに一つ質問します。

 

「大人」って何ですか?

 

単純なようで、答えにくいこの質問。

子供にこんなこと聞かれたら「20歳より年取った人たちだよ」とか「あっちこっちの毛が濃くなった人たちだよ(ゲス顔)」とか言う感じでサクッと答えちゃうんですが、いざ大人同士でこんな話になったら答えに詰まります。むずかC

 

体の大きさや特徴、年齢だけで語れるんならシンプルな話ですが、世の中はどうやらそうではないらしい。一般的にはどう認識されているのか?

辞書(ウィキペディア)でも引用してみましょう。

 

 大人 - Wikipedia

精神的な成熟
辞書の説明では、考え方や態度が十分に成熟していること、思慮分別があること、としている。別の表現では、目先のことだけに感情的に反応したり単細胞的に反応したりせず、長期的・大局的なこと見失わず理性的な判断ができる状態、とも言えよう。

また、「子供」というのが依存状態にあるのと対比して、自立的に行動できる状態とすることもある。また、「子供」というのは、自分のやったこと(やらかしたこと)の後始末も自分でできず親に「尻拭い」をしてもらう状態であるのに対して、「大人」は自身のやったことについてはしっかりと自分自身で後始末をするなど自分の行動に責任の持てる人のことを指す場合もある。「子供」は往々にして無軌道で、衝動的で、自分の行動を律することができないのに対して、「大人」は自分を律することができる人(自律できる人)、というニュアンスに
なることもある。

 

 ……うん

 

しっくりこねーーーー!!

 

確かにそれらしい文体で大人という像を肉付けしようとしているようですが「思慮分別とは何ぞや?」とか「社会人たる大人が自分のミスを自分で尻拭いしてるか? 何を持って責任を取ったといえる?」とか「自分を律するって具体性なくない?」みたいな疑問が下呂温泉のように湧いて出てきます。

 

ただ一つ伝わってくるのは

 

大人 > 子供

 

という不等号のみ。全くいい加減な価値観だと思うわ。

もしかしてだけどさ……「大人」って存在しないんじゃね!?

 

各々が抱く「大人像」

 僕が物心ついたときに周囲にいた大人は、今の僕の価値観に当てはめると正直面白くない人が多かったです。

特徴をあげると

  • アニメとか観ない人
  • 酒好きな人
  • 子供と遊ばない人
  • 世の中の厳しさばかり語る人
  • 仕事を真面目にやる人

 

「面白くない」と片付けるとヒデー話ですが直球で述べるとこんな感じです。

しかし今日の僕にとっての「大人」という像を作り上げたのもまた、こんな人たち。

だからこの条件から外れている人たちは僕の中では「大人」にカテゴライズされません。

 

すなわち!! 俺は大人じゃねぇーーーー!!

 

なんてこった。年齢だけはいっちょ前に重ねる癖に、全く大人の階段登れてなかったなんて……

というのは僕が作り出した「大人の条件」に当てはめた場合。

 

人によっては

  • 経済的に自立している人
  • 「怒る」ではなく「叱る」人

 

なんていう条件を思い浮かべる人もいるかもしれません。

こう考えると大人って大変やな……いろんな「大人像」を満たしたマジな大人なんてやっぱ存在しねーだろこれ

 

「大人」という価値観に苦しむ人々

 ここまで「大人って実は存在しないんじゃね説」を展開してきたわけですが、現実世界では多くの人が「大人になれよ」「子供じゃないんだから」とかいう身も蓋もない投げかけに大いに苦しんでいます。僕もその一人

 

でもさ、みんな思わない?

「大人になれってあなた言いますけど、大人ってなんですか?」って。

 

それ言いにくい? わかる。わかるよ?

社会人のいい歳したやつが「なぜなぜ坊や」になっちゃう恥ずかしさってやつね。

ほんでもその「大人になれ」って言ってるやつも何を根拠に言ってるかわからないじゃない?

なんだったら自分の都合のいいように事を運ばせるために、魔法の言葉である「大人になれよ」とかいうパワーワードを投げかけてるんじゃないかって思っちゃうじゃん!?

 

先ほどから大人 > 子供という前提でこの話は進んでるけど、大人が誤魔化してて子供が核心を突く話題だってありますよね。

たとえば「責任を取る」という意味での代表格であり、ラストを飾る「辞任」という行為。会社の誰かがやらかして、上の人間が頭下げながら辞意を表明する姿なんて年中行事かっつーくらいよくテレビで見かけます。

 

世間で「大人」と呼ばれる人たちがそんなことをして責任を全うする一方で子供は「なんでこの人たちは会社を辞めるの? 辞めれば無くなったお金が戻ってくるの?」なんつー鋭い質問を投げかけてきます。

正しい答えは誰もわかりません。しかし「辞任」という行為は十中八九「正しい行い」とはかけ離れてます。でもいろんな大人がこれをやる

 

ますますわからなくなる。大人ってなによ!? ふりかけ!?

 

「いい加減大人になれよ」

 

僕はこんな実体のない言葉を投げかけてくる輩が嫌いです。

もうね、どゎい嫌い。

 

ほんで大人になれマンが言わんとすることを突き詰めていくと、結局は

 

(まったく)ミスをしない人

 

という完璧超人像にぶち当たります。いねぇよ、こんなやつ

 

他人から投げられるこの無責任な言葉に苦しんでいる人は、

まさかとは思いますが、この「大人」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか

 

と相手に投げかけてみましょう。(心の中で)

 

「大人」という言葉に敏感な人が大人

 ここまで読み進めた方々なら精神的な意味での「大人」という存在がいかに脆く儚いものであるか分って頂いたことでしょう。

それでも「大人は大人だ! お前の言うことはガキみたいな屁理屈だ! いい加減大人になれ!」とかいう人がいたら

↑これでOK


結局「大人」という価値観にこだわる人っていうのは「大人」という形のない像に意味や理解もなく依存している人。それこそ大人らしくない

「大人になれ」と言う人は自分が大人であるべきだが、実体のない「大人」という言葉を口にする時点で大人ではない……これもうわかんねぇな

 

解釈や理解がここまで多種多様な「大人」という存在を無理に現実世界に引っ張り出そうという行為自体が子供じみているんじゃないかと思います。

 

……

 

じゃあ「子供」って何だ!?

 

そんな話です。

 


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