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驚愕のラスト!『伝説巨神イデオン』はアニメ史に残る問題作だった!

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 見ちゃった。ついに見ちゃったよ!

 

え? 何をって?

 

『イデオン』に決まってんだろーーーー!! タイトル、仕事しろ

 

いやね、前々から本作のこと気になってはいたんだけど古い作品ということもあり、映像クオリティ的な意味とかでちょっと躊躇してた部分もあるんだけど、控えめに言って凄まじいアニメでした。

 

世間ではいわゆる「ロボットアニメ」に分類されるのでしょうが、実際この物語を視聴した後には「ロボットアニメ見た!」なんつー余韻はほとんどないんじゃない? って感じです。『機動戦士ガンダム』とかのノリで見ちゃうとマジで首吹っ飛ぶぞ? ジャンルが違うジャンルが。

少なくとも僕のアニメライフにかなりの爪痕を残してくれた作品ですのでその熱が冷めやらぬ間に一気に紹介していこうと思います。覚悟しろオラァ!

 

 

『伝説巨神イデオン』のあらすじ・概要

 地球を遠く離れ様々な星に移民を始めた人類は「ソロ星」と呼ばれる星でかつて繁栄し滅びた第六文明人の遺跡とメカニズムを発見したが、そのシステムには不明な部分も多かった。

その折に伝説の力「イデ」の探索のためソロ星を訪れた異星人バッフ・クランはソロ星の地球人と接触し、不注意から先制攻撃を仕掛ける結果となってしまい、地球人とバッフ・クランとの間に武力衝突が勃発する。

 

その際付近に居合わせた少年ユウキ・コスモは生き延びるため第六文明人のメカに乗り込み逃走を試みるが、その過程で他のメカと合体してしまい巨大人型メカ「イデオン」を起動させバッフ・クランを退けることに成功。その他の避難民も一時第六文明人の遺跡に退避するが、遺跡かと思われていたものは実は宇宙船であった。(後に地球人に「ソロシップ」と命名される)

 

一方でバッフ・クランの戦艦より興味本位で抜け出した貴人カララ・アジバは戦闘の際本隊から発見されることなく孤立してしまい、侍女のマヤヤと共にソロシップに乗船するが異星人だと発覚し捕虜として捕らえられてしまう。

 

ソロ星を捨て宇宙に飛び出すソロシップのクルーたち、カララを奪還しイデオンをも手中に収めんとするバッフ・クランとの戦闘、そして伝説の「イデ」の力の脅威が今、動き出した……

 

『伝説巨神イデオン』の見どころ

 この物語のテーマは「ロボットアニメ」というフォーマットに乗せた戦争に対する単純なアンチテーゼなどでは断じてない。

「イデ」と呼ばれる伝説の力を発見し、それに翻弄されながらも諸行無常に移ろいゆく宇宙で生まれる人間模様を通じ、超自然的な精神世界を疑似体験させてくれるアニメである。したがってこの物語に登場するメカニズム「イデオン」と呼ばれるロボットおよびソロシップはその巨大な意思の仲介役に過ぎず、序盤のバッフ・クランが次々と送り込む新鋭メカとの戦いははっきり言って退屈そのものと言っても決して言い過ぎではないだろう。

序盤においてはイデオンの大まかな機能、キャラクターの性格、ソロシップクルーたちとバッフ・クランの力関係などに注視していれば物語を追うことは難しくはない。

 

しかし、物語も中盤に入るとバッフ・クランだけではなくソロシップ、イデオンの存在自体が地球人類全体の脅威とみなされクルーたちが孤立することで単純な「地球人類対バッフ・クラン」という図式ではなく、様々な利害関係を巻き込んだ奇妙な種族間関係が生まれる。

つまりバッフ・クランもただ闇雲に破壊と略奪をよしとする者達ではなかったのだ。

 

そして物語も中後半に入った頃にはその武力衝突もいよいよ総力戦へとステージを変えようというとき、ソロシップのクルーらは「イデ」なる力の真相へと近づいてゆく。

彼らを動かすのは「正義」や「勝利」などという幻想に彩られた生易しい結果などではない。逃げることも手放すことも消すこともできない「恐れ」のみがこれまで戦い続け、辛勝を収めることができた唯一の理由だ。

 

同胞からも見放され、天涯孤独となったソロシップのクルーたちに安らぎの時間は訪れるのか?

「イデ」の力は彼らにとって良い力として発現するのか?

 

この物語はそんな「人の『純粋な心=本能』が生み出す力」とそれを糧にする「イデ」の謎に注目していただきたい。

 

※ここから先は物語の核心に迫る記述を含んでいますのでこれから視聴しようと思っている方は視聴後に読むことをおすすめします。正直、前知識が無い方が物語を楽しめます

 

『伝説巨神イデオン』感想(ネタバレ注意)

 わりと直球で感想を述べさせていただくと、この作品はとても悲しい物語です。

こんなこと言うと一部の人に「なんでや! 最後の描写は救いあったやろ!」なんてヤジが飛んできそうですが、僕は悲しい物語だと思います。

 

まずね、登場人物が最終的に全員死ぬ時点で悲しいです。この物語の一つのテーマとして「肉体的な死を終わりとしない」というものがありますが、正直現世に生きていて死ぬのが怖い僕としては「なるほど、ええ考え方やな」などと達観できません。

 

だってアレよ!? 登場人物の死に方みんな悲惨すぎよ!?

「胸に流れ弾を受けて戦死」程度はマジで安楽死レベルってくらい人体破壊のオンパレード。

美女の顔が至近距離発砲でグシャーなったかと思えば最終話まで生き延びた幼女の首がロケット砲でスーン! です。そら「皆殺しの富野」と言われても仕方ないと思うわ

 

しかしそんなイデオンの物語、僕はかなり好きです。残酷描写が良いとか、精神世界の哲学的な考え方が好きとかいうのではなく、単純に精一杯生きようとするソロシップのクルーたちの姿を見ているのが好きなんです。

その過程で序盤激しく疎まれていたカララが少しずつ受け入れられてきたり、一番ソロシップクルーたちを苦しめたギジェがシェリルと恋仲になったりと、敵味方両者が非常に似通った種族ならではの交流があります。

 

正直カララとベスに対しては最初からお互いに誠意と好意を感じていたのでいずれくっつくとは思ってましたが、シェリルに関しては完全に「お前らくっついとったんかーい!」ってくらい展開が早いです。

序盤はみんなお互いのことなど気にも留めず自分勝手な言動ばかりでしたがカララとベスのように甘酸っぱいような、かと言って決して色恋だけにスポットを当てすぎない物語の進行が大好きでした。っていうんで序盤のイデオンメカ押し&人間関係ギクシャク回は割と退屈に感じたのです。

 

全話通してシナリオだけでなく多くのキャラクターの掘り下げもしっかりと行われているため、思い入れの強いキャラが必ず出てくると思います!

僕はなんだかんだでベスが好き

 

劇場版「接触編」の蛇足感は異常

 『イデオン』の作品群は

  • TV版(全39話)
  • 劇場版(前編・接触編)
  • 劇場版(後編・発動編)

とありますがちょっとややこしい関係です。

 

TV版はイデオンメカの発見から最終局面での発動までを描いていますが最後は打ち切り状態のため発動した瞬間から全てが終わるまでの描写がまるまる抜けています。正直「え? 発動して何がどうなったの!?」状態。

 

一方で劇場版(前編・接触編)はTV版の最終話手前までの総集編となっているんですが設定がTV版と異なり、いくつかの人物が登場しなかったり違った最後を遂げます。その後の劇場版・発動編はTV版最終話の発動直後の描写をしっかり入れているのですが繋がっているのは厳密にいうとTV版ではなく劇場版(前編・接触編)です。

ただし最終的な結果は帳尻合わせしてあるのでほぼ同一作品として考えても良いと思います。

 

しかしここで問題が!

イデオンに登場する人物はTV版の各話を見ていただくと分かるようにかなり濃い面々です。

接触編ではそれを最終話付近まで1時間半ほどの尺に収めなければいけないのでかなりストーリーをカットしていますので「TV版全話見るのだるいわ……せや、劇場版で済ませたろ!」って考えだと登場人物の肉付け、物語の概要をきちんと理解し終える前に発動編に突入して各キャラへの感情移入もままならない状態で人類が終わってしまうハメになります。

かといって既にTV版を視聴した人からすれば数々の名シーンやキャラの生き様が見事にスッポ抜けていたりする上にただの物語のおさらいになってしまうので非常に退屈です。

 

逆に劇場版(後編・発動編)はTV版で描かれなかったシーンがかなりあるので見応え十分で必見とも言えるパートで、そう考えると見るべき順番の最短ルートはTV版(39話)+劇場版(発動編)がベストじゃないでしょうか。発動編の序盤も若干TV版と食い違ってるけどその辺は上手く無視する感じで

 

そうなっちゃうと劇場版の接触編って蛇足と言わざるを得ないんだよね。悲しいけど

 

カーシャ大嫌い問題

 このアニメ、軍人民間人が入り交じる環境での逃避行のため、人間関係が非常に濃く描かれてます。

すると当然好きなキャラと嫌いなキャラがいっぱいできちゃうんですがみんな目まぐるしく成長するのでその評価も変わりまくりです。

 

最終話付近になるとほぼ全員好きになるんですが、その中でも唯一ギリギリまで大嫌いだったのが物語のサブサブサブヒロインのカーシャです。(メインとは絶対に言いたくない)

見た目は金髪で可愛らしい風貌。他のアニメなら間違いなくメインヒロインを張っているであろうこの女、性格激悪です。

いわゆる「男勝り系」の性格ではあるのですがそれほどの器は持ち合わせておらず最終話近くまで他人の気持ちを考えない乱暴な言動を繰り返す最強のじゃじゃ馬娘でした。

 

カーシャの評価を物語の系列で示すと

  • 序盤→大嫌い
  • 中盤→超嫌い
  • 終盤→嫌い
  • 最終話→ちょっと好き

 

こんな感じです。最終話近辺でやっと巻き返しが始まりますがその途中でみんな人類オワタとなり退場。発動編ラストでコスモと共に宇宙ランデブーできたのが唯一の救いでしょう。じゃあキッチンはどうなるんやろかっちゅー話よ

 

しかし劇場版・接触編の話の薄さは流石です。こんなに鬱陶しいと思っていたカーシャもいい感じにウザいエピソードをカットされていてTV版視聴後の感情込みでも

  • 序盤→ちょい嫌い
  • 中盤→普通
  • 終盤→普通

 

こんな感じ。やっぱ人間ドラマは時間をかけてこそ感情移入できるもんなんでしょうね

 

最終シーンで脳ミソ混乱問題

 これまで散々触れましたがこのアニメはとにかく人が死にます。ちゅーか全員死にます

 

ただ僕はそういう前知識もなく純粋に視聴していたので「ああ、みんなが言ってたのってこういうことかぁ」っていう答え合わせのような感覚は全くありません。

言ってしまえばリアルタイムで観ていた方々と心の準備具合は同じです。「皆殺しの富野」も視聴後に知ったもん

 

そんなんだから最終話は衝撃の連続です。ぜってー死なねーと思ってたカララは顔グチャーなってチーンだし、主人公のコスモなんて典型的なヒーロータイプだから殺しても死なねーだろってほど安心してたのに両腕吹っ飛んでウワーなるし、ベスに至っては「神様仏様富野様どうかベスだけは……」って懇願するくらい好きだったうえ、ガンダムでいうブライト・ノア的ポジションなのでまあ生き残ってくれるだろうという希望的観測のオンパレードだったんですが見事にそれら全てぶっ壊して絶叫と共に逝ってくれました。

 

悲しい。とにかく悲しい。

悲しいんですがそこで物語は終わってません。

なんと精神世界でこやつら談笑しながらのん気に宇宙遊泳してるじゃありませんか!

正直観た瞬間は「なんじゃコラァ!!」な勢いでしたが、これまで登場した多くのキャラが敵味方関係なく和解し、パートナー達と共に宇宙を彩る姿は観ているうちに「あぁ……何だろうこのほっこり感……」と謎の感動を投げつけてきます。パートナーでもないやつらがくっついとるのはどういうことやろか

さっきまで首吹っ飛んだり爆死消滅したりの悲惨さが嘘のよう……

本当に同じアニメを観ているのか疑わしくなるほどの美しいラストです。

 

「やめよう!? やめようよそういうの!?」

思わずテレビに一人でそう叫んでしまいました。正直このセリフもどんな気持ちで発したのか自分でもわかりません。見事な混乱ぶりです

富野監督め、俺の脳ミソまでふっ飛ばしに来たか……

 

結論の無い物語、それが「イデオン」

 「この作品は、○○してはいけないという真理を描いているんですね」なんていう教訓じみた感想をたまに見かけます。実際そういったメッセージ性を持った作品は多いでしょうし、そこで視聴者が何かしらの結論というか、きまりをつけて満足するというのもわかる話です。

しかしこの作品に関してはその教訓じみたものが全く見えませんでした。

 

だってイデの力が解放され始めてソロシップのクルーも一生懸命事態の収集に努めているのに何も変わらない。むしろ悪化してる

もうイデが何したいんだか全くわからない。そのくせ人の夢の中に入っては偉そうに能書き垂れたかと思いきや登場人物全員ぶっ殺すし、もうこれは完全に「神様のお戯れ」です。

 

イデの力を体現させる仕組みを作ったのは第六文明人と言われてますが、結局制御できず滅んでるあたり、そのお戯れはメカができる前から始まってたんだろうな……

とにかく、何をどう頑張っても無に帰す。そして「その先には懐かしいメンバーとの談笑タイムが待ってた」くらいのモンだと。

無理矢理こじつけると「知的生命体が繁栄しすぎて宇宙を喰い尽くす前にリセットして調和を保つ仕組み」それがイデの発動なのかな?

 

しかしそれ自体もイデの勝手な思い込みであり、知性がその成長を見せる過程で他の生命との調和を崩すなんて誰が証明したんだかって話。文明なかったらお前も生まれとらんかったんやぞ

そう考えると結局はイデも身勝手な登場人物の1人(?)でしかなかったんじゃないかねぇ。

 

それでも肉体の死を迎えたみんなの霊体(?)は誰も最後は明るい笑顔と共に希望に満ちあふれています。これって死後の世界の肯定だったりするの?

 

……と言うように、物語の全容が明らかになっていないこの状態では何も結論付けるような事が言えません。

 

でも、それがイデオンという作品の面白いところだと思います。

後付け設定だの実はこんな設定だっただののネタは物語の陳腐化を招く元凶だと思います。

 

視聴者は神様ではない。

 

神様でない以上、そこ(画面)から見えるものを信じとけばいいわけで、設定の全てを知った「全知全能神様目線」は視聴者同士の「バカが、本編もっとよく見ろ。設定調べてから言え」などといった不毛な知識合戦を産み、個々が感じた率直な物語への感想を潰してしまいます。うるせぇイデ発動させンぞ

 

「はっきりさせないことの心地良さ」……そんな作風があってもいいんじゃないかと心から思えたアニメでもありました。ありがとうイデオン。略してありイデ

 

最後はみんな潔く裸。どこ見ても裸

まさに裸裸ランド。お後がよろしいようで……

 

『伝説巨神イデオン』は番人向けではない。が……

 ここまで込み入った感想を述べるあたり万人が楽しめる、いわゆる「娯楽作品」的な内容ではないことが分かって頂けたと思います。

しかしこの作品は多くの観る者に何かしらの心の傷跡を残してくれる稀有な作品であり色々な思考を巡らす貴重なきっかけを与えてくれました。

 

もしあなたが何か悩んでいたり、憂鬱な気持ちになっていたらそのハートを一度この作品でぶっ壊してみるのも一興かもしれません。

 

そんな話です。

 

 

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